のぐち母乳育児相談室

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つぶやき

卒乳についてPART1

卒乳ってね、教科書にこうあるべき!みたいな記載は多分ないんだと思います。
でも、こんな方法、あんな方法みたいな情報はインターネットに山ほど載っていますよね。
でも、ラレーチェリーグという団体では、おっぱいさよならについて書かれた冊子もあります。
以下はわたしの体験です。
おっぱいのやめ方ではないです。
 
一人目のおっぱいさよならの時
 
一人目を授かるまで5年間妊娠できなかった私が、その子が1歳2ヶ月の時に2人目を自然と授かりました。すごく驚きでしたが、結構良くある話ですよね。
 
いまから14年前です。当時は断乳が当たり前みたいな流れでした。
受診していた病院でも、妊娠したらおっぱいはやめてください。と言われていました。ネットを開くと、妊娠してても授乳は継続できる…みたいな情報もちらほら目にしました。
本当のことはどうなんだろう…と思いながらも、 外来に行くとおっぱいはやめてね、と言われるので、やめなくちゃダメなんだなーと思い、断乳を決意しました。
 
その時、母乳のことで通っていた助産院で、母乳育児をしているママたち向けの会報誌みたいなのを作っている人がいました。その方に、「助産師さんの断乳体験記みたいなのを是非記事にさせてください」って言われました。
私は、上の子にまだまだおっぱいあげたかったし、この子を育てながら、もう一人を育てていく自身も本当になくって、不安の中で押しつぶされそうで、断乳だって、どうやってやったらいいのか、大切なこの子に悲しい思いをされるんじゃないかって、毎日泣いていた時にそんなことを言われて、とても悲しかったことを覚えています。
 
多分その時の気持ちが今の卒乳講座につながっている部分は、とてもあります。正しい知識を持って、決して後悔してほしくなくって、断乳だろうが自然卒乳だろうが、長く立って短くたって、自分の出した答えに間違いはないって、自身を持って欲しいっていう思いがとてもあります。
 
そんなこんなで、長女は1歳4ヶ月で断乳しました。あえて断乳と書かせていただきますね。
天気のいい土曜日、朝から近くの体育館にパパと遊びに行きました。
そして、お昼までたくさん遊んでもらって、車の中でうとうととお昼寝をしてお家に帰ってきました。
私は、たくさん遊んで帰ってきた2人を迎えるのに、アンパンマンのプレートにお子様ランチを作って待っていました。
「おっぱいバイバイできてえらかったね〜たくさん遊んで楽しかったね〜アンパンマンのご飯食べたら、どこ行こうか?」そんな話をしながら、おっぱいを思い出す暇がないくらい、たくさんお話したと思います。
そして、昼からも、遊びに出かけました。
そして、夕方は、近くの公共温泉に行きました。そこで、お風呂に入って、夕食食べて、車に乗る時には、「今日はもうおっぱいないからね〜このままネンネしていいよ」って伝えて車に乗せました。お家について、今まで多分成功したことはなかったであろうに、車からお布団に無事に起きることなく移動できました。
ほっとした私と夫。
そして、夜中の2時に泣いておきました。「おっぱーい」と泣くので、「もうないないだよ」と言ってお茶を飲みました。そしたらもう一回スーッと眠ってくれて、ホッ。
朝7じにものすごく泣いて、わんわん泣いて、おっぱいが欲しいといいました。
その時、夫が、車の中に置いてきたぬいぐるみを取りに行こうって外に連れ出してくれました。お部屋に戻ってきた時はもうけろっとしていました。
これを最後に、彼女はおっぱいが欲しいと言って泣くことはなくなりました。
断乳二日目も、朝から晩まで夫に遊んでもらって。二日目の夜は泣くことなく眠り、3日目からはお昼寝もちゃんとできるようになりました。
 
おっぱいさよならする前に、カレンダーにアンパンマン書いて、毎日2人でバイバイの練習しました。その時通っていた助産院の先生には、かわいそうって思ったら、こどもはもっと泣くからね。決してそんな表情は見せないんだよと言われて、夫婦でとにかく頑張った思い出です。
夫は、もう達成感いっぱいだったようです(^◇^;)
その日から、長女と夫は、べったりくっついて眠るようになりました(・_・;
ちゃんとお話すると泣かないでやめられるんだな〜と思った経験です。
 

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